
法を崇め
法に生かされ
法を生かしていく
法華経で、再三強調されてきたことは、法華経への想いです。尊崇の念と表現されています。人と人が向き合うとき、どのような心でいるのか、それが重要です。熱い心であれば、それに対応して反応します。妙法も、同様と思っています。尊崇の心を持って、御前にひれ伏したい。その心に、妙法の中にいる霊体・神霊は応じ、できる限りの応援をします。同じ心ですから。私達は、その心を目指して御法を唱え、読経します。そうした修行を続けるうちに、五感が現存の感知範囲を超えていきます。普通に聞こえる見えるから、現存していないものが聞こえたり見えたりします。それは、ちょうど妙法の中で生かされ、妙法の一部になったような感覚です。さらに、衆生済度のため読誦解説すれば、心のレベルはもう一段上がります。身体が瑠璃になり、現象が瑠璃に映る境地に至ります。
妙法を崇める心を目指すうちに、福徳を頂き、妙法に生かされる。さらに、妙法を他にも及ぼし生かしていく。そういう生き方、それが、法生です。
