妙法に 帰る
一滴の水が落ちてきました。水滴は、二つに分かれ、四つに分かれ、八つに分かれました。その時、回転が始まります。回転は、右回りになるはずでした。しかし、待ち構えていたものがいました。そのもの力により、逆方向、左に回ってしまいました。そして、さらに分裂が続きます。気が生まれ、念が現れ、物も生命も出てきます。木霊・魅霊、神界・魔界、餓鬼畜生。それぞれの世界で、また、それぞれが、主張をし、さらに分裂していきます。「力こそ全て」「策が一番」「至高の美しさ」、出来上がった世界が、またまた分裂を繰り返しました。そうして、今の世界が出来上がったのです。
それぞれの世界は、閉じられていることも多く、交流は容易ではありません。縁や罪業福徳が重要となります。「神よ、助けたまえ」と叫んでも、神霊との縁がなければ、無理、また、福徳がなければ、神霊は助けられません。神界と人間界は、簡単には行き来できないのです。逆に、他の世界から狙われることも起きます。恨みを持った霊体が集まっている世界があります。彼らは、いつも自分たちと同じ苦しみを味わわせたいと、思っています。彼等との接点、罪業を持ったものがいれば、狙います。事故や災害を起こし、自分の世界へ引き込みます。病気や事故を、与えられた試練と思うかもしれませんが、病気の根霊・事故の根霊が、罪業あるものに起こした現象にすぎません。
天国地獄、あるいは極楽地獄、そんな言葉で表せるほど、この世は単純ではありません。無数と言っていいほど、膨大な数の世界があります。全智全能の神が全てを仕切る。それは、この世のでき方、宇宙の膨張の仕方を考えるとき、限りなく無理に近い。地球の神が、宇宙の果ての星を仕切れるのでしょうか。全智全能の神が悪魔を創ったはず、その神と悪魔が戦う、矛盾してませんか。分裂を繰り返して、ここまで来てしまいましたが、それぞれが、矛盾を抱えています。仏の心にも地獄があると言います。地獄のような世界がある限り、仏の心にも地獄があるのです。多くの神霊は、衆生済度を目指します。その神仏の心に沿うことで、我々も福徳を積むことができます。排除・攻撃は、分裂につながります。衆生済度は、その逆の動き。人類は、集団を作ることで生き残ってきました。お互いが助け合うのは、衆生済度に沿っています。さらに、下位の世界にいるものに道を示し、救うことができれば、徳も積めるし罪業も消せます。下位の世界にいるものたちは、自分のいる世界からもう抜けられないと思い込んでいます。お互いが憎み合って、足の引っ張り合いをしていますから。協力し徳を積むことで、元の状態に戻れます。
忌み嫌うアイツも、祓い除ける穢れも、元は一緒でした。恨みも呪いも、元は一緒でした。一滴の水が落ちる前の状態を妙法と言います。長い長い時間が流れ、違いばかりだけれど、元は同じでした。敵対から融和に向かうことで、慈悲の世界にいる神霊に近付けます。神霊が助けやすくなり、我々の福徳の積み方が加速します。当然、罪業も消えていき、事故や災害にも遭い難くなります。
「妙法に帰る」それが、キーワードです。
