法生寺は、来るものは拒まず、去るものは追わずという団体です。生き方に悩み、真理を求める人々に、開かれた門となります。法生寺のページに、概要を載せました。
心と人生のページは、「どう生きるべきか。」「生きる意味とは?」「何が大切なのか。」そういう人生の疑問に、書物に拠らない考えを示します。また、幽霊・呪縛霊・憑依霊そして守護霊・神霊など霊界の問題にも立ち入ります。
信仰体験のページは、信仰した実際の出来事や体験を書いていきます。
各ページは、随時ページを追加しますので、時々お立ち寄りいただければ幸いです。
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*の語の意味
過去世
生まれる前の過ぎ去った世
菩薩道
利他。他を導き己を高めていく生き方。
今生
今生きているこの世
転生
生まれ変わること
霊格
霊としての品性、品格、地位
福徳
他にした良いこと、それにより自分の生が良い方に変わる。
罪業
他に及ぼした害悪、それにより自分の生が悪い方に変わる。
八正道
正しい思い、正しい念、正しく見る、正しい精進等、8つの道
高みへ、そして、さらに高みへ、
遥かなる道程
私達は、今現在の一生に囚われがちです。
「楽しい一生」「充実した一生」そして「うまくこの世を乗り切りたい」「成功こそ全て」、そんなことを思って過ごしてしまいます。他方、宗教的常識で、「死んだら天国」「死後は成仏、仏になる」という考えも広まっています。しかし、法華経をしっかり読んでみると、そして、法華経が真実と認めてみると、違う世界が見えて来ます。
法華経に書かれている時間は、あまりに長い。数十億年は当たり前、宇宙の年齢を軽く超える、という時間も、普通に登場します。また、*転生も、何度も何度も、繰り返され、*来世がゴールではなく、いつまでも先へ続いていきます。つまり、死は終着点ではないようです。そして、魂の歴史は、とてもとても長い。*今生をうまく生き終わったとしても、先は、まだまだ続く。安楽な今生のために無理をしてしまえば、それは、来世に課題を残す、禍根も残す。だから、はるか先まで考えて、生き方を模索する必要があります。
仏典の当初の教えは、*八正道に象徴されるように、多くの宗教的規範とほぼ同じです。道徳に近いし、ある程度、人に接し、社会とかかわってきた人なら常識と言ってよい。それに対することをやってしまえば、その報いも受けてしまいます。だから、もし、今生の*罪業が、来世に続くと分かれば、自然と正しい生き方になるはずです。もちろん、わかっちゃいるけどやめられない場合もあるでしょう。その時は、しっかりその報いを受けて 、出直せばいいのです。大切なのは、今生に引きずられる生き方を改め、今生をステップとして、来世にまで繋げていくことです。 作ってしまった罪業を消していくことは、結構大変。どうせなら、作らない方がいい。また、福徳を積めば、その後の生は、かなり違ったものになります。だから、とりあえず、罪業を減らし、福徳を増す生き方を目指すべきです。
福徳を増す有効な生き方は、福徳を増す場を作ることです。私達は、一人でいる時であっても、多くの霊体霊界と接しているはずです。先祖霊だったり、土地の神霊・生物や物にこもっている霊体など、かなり多い。その霊体霊界と共に、福徳を増していくのです。罪業を増してしまう生き方は、際限なく自分の立ち位置を下げます。当然、欲求は満たされることはなく、新たな罪業に結びつきます。
福徳を増す場は、どのようにすればできるでしょう。ヒントは、*菩薩道です。法華経には、解説という言葉があり、また、しばしば「一人にでも説く」など、教え導くことが強調されています。説くというのは、言葉とは限りません。読経する姿・声でも、法華経への想いは伝わります。闇の中にいる霊体霊界に「南無観世音菩薩」や御法を唱えることを勧めましょう。言葉がないものには、念で唱えるように言いましょう。唱えれば、闇に光が差し込みます。そして、彼らに他の者にも唱えるように勧めてもらいましょう。そうなると、福徳を積む場が動き始めます。 福徳を持つものは、足の引っ張り合いなどしません。お互いに助け合い、いたわり合います。だから、その場にいれば、必然的に運勢は良くなるはずです。
福徳を積んで、神霊に近い位置まで霊格が上がれば、神霊のお力もお言葉も頂け、全く異なる世界に入れます。菩薩様や仏様を拝見すると、貪欲に修行されています。衆生済度の道を歩かれ、我々を救うことを常に考えておられると想像します。私達も、神霊となり、菩薩となり、仏となれるよう、遥かな遥かな道を歩いて行きたいと思います。