南無妙輪○○
先師のお話です。
市の山にいるときは、日蓮宗の僧侶として、日蓮宗の範囲で、やっていた。しかし、だんだん、その範囲が大きくなって、日蓮宗の枠を超え、宗教の枠も超えるようになってきた。4月のあるときから、急に、突き上げるように出てくる、南無妙法輪○○という言葉が。映画を見ていても、電車に乗っていても、お経中にも。何だか分からない。日蓮上人が、南無妙法蓮華経と唱えたのは、4月28日。何十年も研究してきて、これだ間違いないと確信できれば、唱えることができるが、そうではない。ある日突然に出てきて、波紋が広がるように。初めは、三法輪の一種かもしれないと思った。そうではなかった、後のものが先に出ていた。三法輪、つまり人法輪・星法輪・神法輪。人法輪は、科学・芸術・哲学、全てが含まれる。我々の髪の毛一本も、埃も、あらゆるものが含まれる。星法輪は、全ての天体・星・星雲、全てを含む。神法輪は、あらゆる宗教・神、全てを含む。人法輪・星法輪・神法輪・気根念精霊、その本はなんだろう?それが、妙法輪○○だ。日蓮上人が、「礼楽先に馳
(は) せ、真道後に啓(ひら)く」とおっしゃった。易しいものを先に出して、本当のものは、後から来るのだ。先に三法輪を出して、後から、その全ての根源、妙法輪○○が、出てきた。御山の方が、実体を言葉に表した。これは、法華経と同じという意味ではない。世尊が説いた法華経の実体は、御山の方。時が来るまで、法華経と言っていた。時が来て、妙法輪○○を唱えよとおっしゃた。お釈迦様ではない、御山の方が、その実体を言葉に表した。それをお御簾の中で伺った。今までの法華経は、説教だった。5月15日に、皆に話し、前の宗主様も、お御簾の中に入ったら、同じ事を伺った。しかし、まだ明白とは言えない、必ず証となるものが現れると思った。7月になって、佐渡に行くことになった。先師は、日蓮聖人が行った佐渡に、この妙法輪○○の種を播こうと思った。佐渡は、日蓮上人が、南無妙法蓮華経のご本尊を表した所。佐渡の塚原に根本寺というお寺がある。そこに行くことになった。「ごめんください」と言ったが、返事がない。回って行って、また「ごめんください」と言ったら、人が出てきて庫裏に通された。一の谷(さわ)の妙照寺の大祭で、出かけたが、忘れ物をして帰ってきたところだと言う。これから妙照寺に行くと言うので、先師も同行した。その妙照寺は、日蓮上人が、曼荼羅を表した所。お山に厳島の弁財天がやってきて、日蓮上人から頂戴したご本尊に魂を入れていただきたいと言われていた。日蓮上人がご本尊をあらわした所は、この妙照寺。そして表した日は、先師が、佐渡に行った日。「今日が、大上人が、曼荼羅を表した日。」実は、その曼荼羅は、何百年ぶりに出てきたのだと言う。前に、大上人の御真筆があったのだが、身延山に持っていった。しかし、身延山で火災があり、焼けてしまっていた。それが、掃除をしていたら、古い古い箱が見つかり、その箱のさび付いた鍵をやすりで切って開けたら、御真筆だったと言う。初めて飾ったその日に、先師がそこに居合わせた。年に一回のお祭りで、何百年ぶりに出てきた御真筆、そして、先師は、南無妙法蓮華経を南無妙法輪○○に変える使命で来ていた。それが分かったその坊さんは、びっくりして、翌日お山に来た。そして、高らかに南無妙法輪○○を唱えた。しかも、そのお坊さんは、初行のとき先師と一緒だった。今は五行の坊さん、兵隊で言えば大将だ。その大将が、南無妙法輪○○を証明してくれたことになる。そのお寺で、かつて大上人が、説法をしているとき、妙齢の婦人が聞きに来ていた。法華経の提婆達多品、八歳の龍女が成仏する。その講義が終わると、その婦人が、ご本尊を書いて欲しいと言う。紙がなかった。その婦人の袖に、南無妙法蓮華経と書いた。そのわきに、「紅の袖にささげし…開く心にいつくしまし」と書いたら、本体を見破られ、スーッと虚空に消えた。その厳島の弁財天が、お山に袖を抱きながら現れて、魂を入れて欲しいと言ったのだ。もし、先師が一分遅く寺に行っていたら、坊さんに会えない。もし、日蓮宗が、先師を拒むなら、近づけもしないだろう。なぜ、今までなかった御真筆をはじめて飾ったその日に、先師が行くことができたのか。全てが、南無妙法輪○○が本物だと言うことを証明している。